「日本号」ってなに?



【「日本号」ってなに?】
(1596年)
  -戦国史を背負う名槍-

光雲神社「母里太兵衛像」

「日本号」とは、大杯になみなみと注がれた酒を飲み干した母里太兵衛に福島正則が贈った名槍の名前です。 この槍は、元々は天皇家の所蔵で足利義昭へ下賜され、織田信長、豊臣秀吉、福島正則、母里太兵衛と渡ります。その後、朝鮮の役で太兵衛の窮地を救った後藤又兵衛へ送られますが、藩主黒田長政と折り合いが悪かった又兵衛は太兵衛の弟宅にこの槍を残して福岡藩を出奔します。 その後、後藤又兵衛は「大阪夏の陣」で豊臣方中心武将として真田幸村と共に戦国最後の戦場で華々しく散ることになります。
この槍は渡り歩いた面々から判断しても、戦国の歴史を背負った「国宝」級の名槍といえるでしょう。「日本号」は現在、国宝「漢委奴国王印」(金印)と共に福岡市博物館に所蔵されています。

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Author: fshiden