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【筑紫に置かれた「漏刻」とは?】(飛鳥時代)-中大兄皇子の水時計研究-

漏刻とは水時計の事ですが、中大兄皇子がこの漏刻の研究をしていた事はあまり知られていません。

大宰府政庁の東側の小高い丘(月山)には漏刻が設置されていたといわれ、皇子の母・斉明天皇の藁葬(こうそう・仮埋葬)の地の恵蘇八幡宮にも漏刻が置かれていたという事です。
現在ではその漏刻は残っておらず、また具体的な形状も伝わっていないようですが、段々に置かれた石桶に上段部の石桶から水を貯めて行き、一定量を超えた水は管を通して下段の石桶に流れ落ちる仕組みで、各桶に設置されたメモリのふられたフロートの浮く度合で時間を計る方法だった様です。数年前まで西鉄・太宰府駅前には漏刻のレプリカが置かれていたはずなのですが、もったいない事に現在では撤去されてしまった様です。
ところで奈良県の明日香村には斉明天皇の時代に作られたとされる酒船石遺跡があり、ここには放射状に溝が彫られた「酒船石」と言う巨石が存在しています。そしてこの巨石も中大兄皇子の漏刻研究に何らかの関係があるのではとの説があるようです。

日本書紀には「671年4月25日には漏刻を新しい台の上に置き鐘・鼓を打って時を知らせた。この漏刻は天皇が皇太子であった頃に自分でお造りになったものである。」といった記事が載せられているのですが、もしかしたら中大兄皇子は科学的な面に才能を発揮する理系の人だったのかもしれません。