■日本書紀に記される景行天皇の九州遠征

景行12年8月15日熊襲が貢物を送らなかったため筑紫に向かう。

景行12年9月5日周芳(すおう)の娑麼(さば・山口県防府市佐波)に着く。

景行12年9月豊前長峡県(ながおのあがた・行橋市長尾)に着き行宮をたてる。

景行12年10月碩田国(おおきたのくに・大分市)に着き、来田見邑(きたみむら・竹田市久住)に仮の宮をたて禰疑野(ねぎの・竹田市南生地区)の土蜘蛛(土豪)を滅ぼす。

景行12年11月日向国へ着き行宮・高屋宮(西都市高屋)をたてる。

景行12年12月熊襲攻略を開始。謀で熊襲・八十梟帥(やそたける)を討つ。

景行13年5月熊襲を平定し、その後5年ほど高屋宮に滞在。

景行17年3月12日子湯県(西都市)に遊ぶ。

景行18年3月大和に戻るため高屋宮を出発し、夷守(ひなもり・小林市)に着く。

景行18年4月3日熊県(人吉市)に着き、来訪しなかった弟熊(おとくま)を討つ。

景行18年4月11日葦北の水島(球磨川の河口にある小島)にて宿泊。

景行18年5月1日海路、八代に着く。

景行18年6月3日高来県(諫早市高来)から玉杵名邑(玉名市)に着き、土蜘蛛・津?(つつら)を討つ。

景行18年6月16日阿蘇国(阿蘇市)に着く。

景行18年7月4日筑後国の三毛(大牟田市三池)に着く。

景行18年7月7日八女県(八女市)に着く。

景行18年8月的邑(いくはのむら・うきは市)に着く。

景行19年9月20日大和に帰還する。







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