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「白村江の戦い」の帰還兵・博麻(自らを売った兵士)【意外な人物伝】
大伴部博麻(おおともべのはかま)は現在の八女市上陽町の出身で663年の「白村江の戦い」に出征し、唐軍の捕虜となります。 翌年には土師富杼(はじのほど)ら4名が.....

歴史語呂合わせ(2016年11月25日)【余談】
中学時代、秀才と言われる学友は受験前になるとこの歴史語呂合わせを日常会話の中で披露して人を笑わせていましたが、勉強嫌いな私はほとんど興味をそそられる事はありませ.....

観世音寺(太宰府市観世音寺)【名所旧跡・観世音寺・朱雀】
661年7月、女帝斉明天皇は百済救援のため滞在していた朝倉橘広庭宮で突然崩御します。中大兄皇子はこの母の供養ため大野山の麓に寺院創建の命を出しました。こ.....

大宰府、水城、大野城を築く(663年~665年)【福岡史伝・飛鳥】
「白村江の戦い」に敗れると、中大兄皇子は新羅・唐の連合軍の九州侵攻に備え、 664年九州の行政機関「官家」(那津)の機能を造営中の「観世音寺」の西側に.....

防人と烽の設置(663年)【福岡史伝・飛鳥】
663年、新羅・唐の連合軍の九州上陸を想定し、対馬、壱岐、筑紫に防人(さきもり)と烽(すすみ)を設置します。 防人とは筑紫の守備のために全国より派遣さ.....

白村江の戦い(663年)【福岡史伝・飛鳥】
倭国が朝鮮半島から撤退して約百年後の、660年百済は新羅・唐の連合軍の攻撃を受け滅亡します。 百済の遺臣の鬼室福信は百済復興のため倭国に救援依頼すると.....

飛鳥時代(白村江の戦いから大宰府の誕生)【一夜漬け福岡史】
645年「乙巳の変(いっしのへん)」で蘇我氏を倒し政権を奪取した中大兄皇子は 663年、新羅・唐の挟撃にあい滅亡した百済の復興支援するため朝鮮に軍を派遣し.....

福岡にも長城があった!(グーグルアースでも見れる「水城」跡)【意外な話】
664年、白村江の戦いで敗れた中大兄皇子は、唐、新羅の連合軍の反撃となる九州進攻に備え、博多の那の津にあった大宰府(官家)を現在の位置に移し、その防衛線として四.....

栗隈王(?~676年)【福岡人物伝】
「白村江の戦い」から四年後、668年7月に栗隈王は防備が整いつつあった筑紫に赴任し筑紫率(つくしのかみ)の地位につきます。 その後、翌1月には蘇我赤兄(そがあか.....

中大兄皇子(626年~672年)【福岡人物伝】
645年の「乙巳の変(いっしのへん)」で蘇我入鹿を暗殺し、政権を掌握します。 その後、新羅・唐の連合軍に百済が滅ぼされると百済復興の軍を起こしますが、日本軍は「.....





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